人生は、中断したっていい

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田舎出身のエリートと、働かなくてもいい人類の未来

<働く>を分解してみたときに、実際にはアプローチは何種類もあるし、最近は中学生だろうが高校生だろうが起業する人だっている。

お恥ずかしい話、というか、今思えばひどく頓馬で呑気な話だが、中学や高校に通っていた頃の私は、将来自分がどのような形で働くのか、全く知識も計画も持ち合わせていなかった。
もっと遡った小学生の時分から、なんとなく将来のありたい像としては<物書きをしている人>というのがあり、それが高校に入った頃には<物書きをして、ふらふらしている人>というイメージに、解像度が若干上がっていた。

これも後で気づいたことなのだが、私がそのように頭の片隅に描いていた妄想上の生き方というのは、明治とか大正の日本、あるいは世の中の景気がよくてゆるっとしたところはゆるっとしていた(であろう)昭和の後半の真ん中あたりの時代にしか、存立し得なかった生き方だった。
成長する自分の周囲を囲んでいた社会はとっくに平成になっており、そんな余裕はどこにもない世の中になって久しいのに、社会の様相にも成り立ちにも全くの無知だった。その要因として一つ大きかったのは、自然豊かな田舎育ちだった、ということがあると思う。

仮に幼い頃から大都市圏で暮らしていたら、毎日乗る電車や街を行き交う人々の様子から、今己が生きている時代に、自分が生まれた場所がどのような文脈に置かれ、どのような段階にいるのか、肌身を通して得られる情報は桁違いに多かったのではないかと想像する。
勿論、物理的な面を考えても、都会育ちであれば実家暮らしの生活を続けることで、ふらふら人生の実現性も爆上がりするだろうけれども。

 

いつだったか、自分よりも随分とお先に「社会人」になった高校の同窓生の話を小耳に挟むかSNS上で知ることになったとき、彼らが大学卒業後に選択した進路の内容に対して、内心驚いてしまった。

高校当時から個性的だった人が、自然の摂理とでもいうべきか、自分の意思で独自の生き方を選びとっているという僅かな例外もあった。でもそれ以外は概ねの傾向として、A.医者、B.役人、C.ザ・20世紀な大企業に新卒で入社する、という3パターンに集約されており、私は初めて、彼等が自分とはそもそもから種類の違う人間だったということを思い知った。

医者という精神的にも肉体的にもタフな仕事に就いたような人達は、すでに高校の頃にその進路をおそらく決めていたし、実際メンタルがタフな人達ばかりだ。また、社会には真面目で優秀な役人も必要だろう。私は、役人や医者になりたいと思ったことは、たまたまだが一度もなかったし、大学生の身分で一応就職活動を試みた際にも、大きくて古い会社に特に興味を持ったことはなかった。どんな進路を選択しても個人の自由だし好みの問題なのだけれど、ただあまりにもバラエティに乏しいという印象を受けた。ITの分野に行った人は一人くらいはいるのだろうか?おそらく会計士になった人は一人もいないのではなかろうか。

彼等は、高校生活の三年間、そのような進路を想定しながら毎日を過ごしていたのだろうか?高校生になって普段男子と話をするということはほぼなくなっていたが、クラスの女子のマジョリティグループに所属していたし、何人かとは特に密に接し、行動を共にしていた。それでも、将来どのような生き方・働き方をするかという話題はした記憶がない。辛うじて大学受験に関わる会話は些かあったと思うけれども、それは田舎で<大学受験特進クラス>に集められた人間ばかりなのだから、前提条件として皆それを胸の内の引き出しの手前の方に置いており、殊更他人と共有することもなく、授業やら行事やら部活をこなして過ごしていた。

「密に接する」というのは、会話や行動の頻度としては密でも、質量としては紙製の卵パックくらい軽い性質のやりとりで、深い話はほぼしたことがない空間だった。
もしかしたら級友の多くは、私と違って、自分の親と将来の生き方について話をしていたのかもしれない。大学を卒業したら役人になるとか、ロマネスク期だかゴシック期の大企業に入るとか。

進学特進クラスは<理系>クラスでもあったので、男子の殆どが理系の大学に進学し、卒業後は企業の研究職に入るというのは、なんら不思議なルートではないし、そういう話だったら大きな企業の方がいいのかもしれない。ただ、女子のおよそ半数(あるいはそれ以上)は、おそらく理系についていけないからという理由で受験の間際で文転し、おそらく偏差値が高いという理由だけでこぞって法学部に進んだ。

私の地元は、最近は子育ての目的で都会からIターン移住する人が増えているらしい。たしかに、田舎なら足腰が鍛えられるし、足裏の神経細胞と比例して脳細胞も逞しくなるかもしれない。大学を卒業したあと地元に戻って塾の先生をしている同窓生によれば、地元の中高生に見えている将来像の情景は、何十年前と変わらないらしい。それは、そこで生活している大人の生き方にバリエーションがないからだ、と。Iターン移住をした人は、子供が大きくなってきたときに、どういう選択をするのだろう。それとも彼らが、<生き方のバラエティ>についての情報を田舎にもたらしてくれるのだろうか。

 

私のように、何も知らず何も考えず、大学卒業だけを前提にしてそれ以外はノープランだった場合は、勿論アウトである。
でも、なんの障害も事件もなく就職までシームレスだった人たちも、その視界に捉えることができていた世界のバリエーションというのは、決して豊かではなかったのではなかろうか。

進学すること、働くこと、生きること、そこにただ一本の道しか存在しない世界線にいたのは、私も彼等も同じだ。そのたった一本線の世界の延長で、そこで認知され得る<社会>もまた、せいぜい数色の絵の具で描かれた空間だ。

ただ途中で脱走した脱兎だった私と彼らには、大きな違いがある。彼等はエリートだということだ(少なくとも地元ではそう思われている)。田舎で「優秀」だとしてかき集められ、おそらくその地域の未来、はたまた日本の未来のキャンバスを担うのだと地域の大人達に期待されて、全国各地の大学へ送り出された。彼等に手渡されていた絵の具は、果たして何色入りだったのだろう。

今日の一冊:『限界費用ゼロ社会 〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭』
ジェレミー・レフキン (著), 柴田裕之 (翻訳)
NHK出版、201510

「世の中の財やサービスの価格がほとんどタダになる未来がやってくるかもしれない」と言われたら、にわかには信じ難いが、物理的(技術的)には実現可能な世の中に既に入りつつある。ただ、論理的にそうした未来が可能だとは言っても、本当にその通りになるかは別の話だ。それでも確実に、大枠はその方向性に向かって世界は進んで行くだろう。今だって、すべての人が車や免許を持っているわけではないけれど、街中を馬で移動する人はいない。ちなみに私は免許すら持っていない。

タダになるというそのカラクリは、"生産性の桁違いの飛躍が可能"になり、"通信・エネルギー、そして製品やサービスを生み出し、蓄え、シェアする"のにかかるコストが減っていくからだ。コストが0に近づけば、価格も無料に近づく。

ものを作ったり運んだりするのにかかるお金がどんどん少なくなっていけば(AIや機械にとって、もう一つ追加で作るのはとってもとっても朝飯前、ということ)、消費者として払わないといけない価格も小さくなる。

生産性がそんな馬鹿みたいに向上すると、並行して、私たち人間が「労働」として関わる分量も減っていくことになる。それは何も、製造業に限らない。構想する・判断する・処理する・製造する・運ぶ/シェアすると工程があったとき、上の方にある「構想」「判断」はAIの方が得意な部分があるくらいだ。

企業目線でいえば、事業プロセスの上流だろうと下流だろうとまだ「無駄」として残っている部分が人間の仕事として提供されているだけなのであって、"企業がビジネス活動の多くをより安く賢く効率的に行えるように"なるにつれて、人間様に頼める面積も小さくなっていく。

ものやサービスが0円になって、仕事もない世界で、果たして我々はどうやって生きたらいいのだろう?

思うに、例えばボケはじめている実家のばあちゃんのことを「大丈夫かな、元気にしてるかな」と慮ることは、人間にしかできない。帰省したときに沢山話しかけたり、膝猫のぬいぐるみを贈ったり、みたいなことは、もしかしたら賢いAIが手配してくれる未来が来るかもしれない。でも、電話をしたり、机を挟んで向かい合ったときに、必ず人というのは互いに温度を交わし合っていて、それがその人の心の底に辛うじて膜を張る。それはAIにはできないし、そうしたキャッチボールの集積が重なったものが、地域であり、社会になる。そこに、いつか働かなくてもよくなった私達に、できることと、やるべきことが、用意されているはずだ。

(今日はここまで)